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回顧②-中洲の昔話-

2014年10月15日 category : blog 

何からどう話してよいのか。 まずは街路は何も変わっていませんが、
ビルだらけになった事が一番変わったことでしょう。

中洲交番の前、今のバー七島さんの所に銭湯があり、
私もよく利用しました。
コカ・コーラを自転車に積んで売って廻っていました。
ペプシ・コーラ、クラウン・コーラ、ミッション・コーラ他数社ありました。

店の掃除、瓶拭き、グラス磨きとオードブル仕込みが終わって銭湯に行き、
後、中洲の路上でキャッチボールなどやっていた時代でした。(車はほとんど通らない)

今のように本格的なレジャーと言えるものもなく、
飲むこと、パチンコ、映画などが唯一の楽しみで週末(土曜日)の夜中、
店が終わるころからナイトショーという(夜中~夜明け)映画があっていました。
もちろん、本格的なレストラン、ホテルもなく、バーと言ってもほとんどが
サントリーバー、トリスバー、ニッカバー、オーシャンバーなどで、なんとか衣食が敵い
刹那的な楽しみを追う時代でした。(キャバレー、クラブはありました。)

しかし、当時としては私の働いていた店は客筋が良かったことを覚えています。
久保田万太郎(俳人)、菅原通済(小津安二郎のタニマチ的存在、売春撲滅協議会会長)
髙橋義孝(独文学)、林忠彦(写真家)、伊藤研二(二科展・画家)等々…
来店されていました。

髙橋先生は当時九大へ講義に来ておられ帰京夜中博多発~夜明東京着のムーンライト
(プロペラ機)に乗られるまで一杯飲んでおられました。
林忠彦様は薄手のタンブラーを好まれ、ハイボールを所望されたような記憶です。
昔、林忠彦写真集を持っていたのですが、無くしたようで、
ここ十数年来探していましたがようやく復刻版が発売されたので早速買い求めました
(2014年9月)「文士の時代」中公文庫、「日本の作家」小学館

男を撮るなら林忠彦、女を撮るなら秋山庄太郎と言われ、鋭く、
味わい深い写真で私は好きです。

昭和30年~40年位の世相です。

コメント1件

  • 中嶋 隆登 | 2014.11.21 18:09

    はがきありがとうございます。
    以前お店の『ホームページがあるよ』と聞いていましたので
    言い方悪いですけど・・・大したことないだろう・・・
    と、興味本意でアクセスしてみました。
    開いてみて大変に驚きました・・・。
    立派なと云うより超過ぎるURLです。

    折々のはがき、本当にありがとうございます。

    多くのお客様に送ってあると思います。
    いい加減な私には到底不可能な事です。
    几帳面な板東さんには頭が下がります。

    お身体の方、随分と回復されたようで良かったです。
    要らぬお節介ですけど、
    少し良くなったからと言って調子に乗ると
    好事魔多いですからお気を付けて・・・。

    私の方はヒマがあると、若い頃に行きたかったアイガー北壁の写真とかルート図、高田光政・渡部恒明遭難報告書をながめています。
    身体の方はあまり良くありません。
    酒量も格段に減り、タマに呑むと痛飲しがちで次の週は死ぬ思いですが・・・アホです。
    近々洋梨コンポートいただきに寄らせてもらいます。

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